社会人の皆さんの社会福祉士養成課程で、集中講義を担当させていただきました。
- kinugasa0
- 2022年9月6日
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社会人を対象とした社会福祉士養成課程(一般養成施設)で、「ソーシャルワーク演習」の集中講義を二日間、10コマ担当させていただきました。
私は大学や短大だけでなく、社会人の方々が資格を取って質の高い実践を行うことができる機会を提供するこの養成課程をたいへん重要視しておりまして、もう担当させていただいて15年になります。
受講生の方々は、児童相談所のケースワーカー、生活保護の現業員、社会福祉協議会の地域福祉コーディネーター、母子福祉施設の相談員など、社会福祉士の資格こそ無いものの、「ソーシャルワーカー」としての実績は充分に積んでこられた方ばかりです。
そういう猛者ばかりですから、こちらもいい加減なことは言えません。
テキストを読んでいるだけのような眠たい講義では、一発で「そのようなことを学びに来たわけではない」と喝破されてしまいます。
そこで必要になってくるのが、私がいつも主張している「実践の科学化」です。
私自身が現在行っている実践を題材にしながら、地域共生社会や地域包括ケアのあり方の含め、制度から求められるソーシャルワーカー像だけではなく、しっかりと専門性を担保した、社会福祉士のあり方について、大いに議論に花が咲きました。
いや、非常に刺激的な時間でした!
実践の裏付けとなる言葉を紡いでいきながら、「なるほどそう言うことか、こういうことか」と、受講生の皆さんと一緒に、納得できる言葉を探していきます。
ソーシャルワーカーは医師でも、カウンセラーでもありません。私はソーシャルワーカーは社会関係の専門職であると信じますが、そのなかでみなさんがもっとも「心打たれた」とおっしゃってくださったのが、「ソーシャルワーカーの仕事は、私たちとクライエントが向き合う中で、お互いを認め、受け入れあい、そこから生まれてくる『主体性』を育むことに焦点を当てる」という、私自身の主張でした。
これは、難しく言うと「間主観的な相互主体性の涵養」ということになるのですが、それでは抽象的すぎるので、私自身が担当した事例を用いながら、私と子どもたちが向き合う中で、お互いの関わりあいの中から生まれてくる主体的な生き方、というものについて、皆さんと闊達に議論することができました。
たんに「生きている」のではなく、主体的に「生きていく」ということに焦点を当てると言うこと。
孤独な自己決定ではなく、相互関係から生まれてくる主体性を育むと言うこと。そんなソーシャルワークの本質を、二日間にわたって議論できたことは、社会人としてフィールドにおられる皆さんの、経験に基づいた言葉があったからこそだと感じています。
単に資格を持っているだけではなく、専門職としての価値基盤を有していること。
そんなことを大切にしたいと思いながら、私自身が大いに学ばせていただいた、二日間の集中講義となりました。
流石に疲れましたが、帰りに立ち寄ったバーでの一杯のビールの美味しかったこと!
願わくは、このような充実感に溢れた仕事の機会を、これからも提供したいただければ本当に幸せだと思います。

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